人気ケータリングサービスの絶品チーズケーキが、いま自宅で食べられる!
「ハーフじゃないの、ミックス」
神田岩本町、今はもう存在しない旧フランス領インドシナの料理と文化を紹介する「アンドシノワーズ」のポーカーテーブルで、隣に座っていた(ナカタ)マリアさんの深い瞳を覗き込んだ時、彼女は言った。
主宰の園健さんが醸し出す異国の空気感や、魚醤やハーブを駆使した田中あずささんの料理、マリアさんのエキゾチックな容姿、その時、ミックスという言葉は、僕の頭の中でメランジェと聞こえた。
ペルシャ料理家だと言う、ペルシャ、現在のイラン、中東の中心地だ。
テヘランで生まれて、長崎で育った。うちの父方の郷里と同じだ、だから、打ち解けてくると、お互い方言混じりの会話になった。
昔、異国の恋人に出逢い、ペルシャに嫁いだ航空会社のグランドホステスがいた。彼の地の厨房で、彼女はロシア系のトルコ人だった義母から異国の味を教わる。
その味覚は、長崎の厨房で、娘マリアに伝承され、自然に育まれた九州の素材が加わる。食のジャンルにこだわらない、何れの国籍にも属さない、ボーダーレスな食のパノラマ。マリアのケータリング、Repas De Mariaは、その時生まれた。
バイレイシャルだからこそ紡ぎ得た、唯一無二の感動の食卓。
スタジオで、バックステージで、野外のフェスティバルで、ライブハウスで、彼女のケータリングの周りには、いつも微笑みと歓喜が溢れていた。
長い歴史に育まれたペルシャ料理は、ハーブやスパイス、そしてフルーツを多用する。和食には登場しないミントや、さくらんぼ、ざくろ、オレンジなどの色鮮やかなフルーツ。その色のハーモニーに身を任せる内に、味わいの向こうから色々な素材が顔を見せる。
ヨーグルトや羊のフェダチーズ、たくさんの豆類、美しいバラの花びらさえ、米料理や肉料理の材料となる。すべての料理に、色があり、形がある。
唐辛子を多用しないので辛くなく、香辛料も控えめでスパイシー過ぎることもない。だから、日本の食卓にも自然に寄り添って行く。しかも、彼女の味のパレットには、広域範囲でのペルシャとして、トルコやギリシャ、そして和食の叡智までが備わっている。
いくつもの文化に彩られた食が、薄まることなく重なり合って新しい価値観を奏でること。その真価は、デザートとして供されるフロマージュ・ノアール、バスク地方の黒いチーズケーキにも顕著だ。
大きなテーブルに所狭しと並べられる食の饗宴のすべてが、時には少し色褪せてしまうほど、役者たちに、ミュージシャンに、アイドルたちに愛されてきた「Mariaさんのチーズケーキ」。それは、舞台やライブの当事者たちにしかお目にかかれない門外不出のケーキだった。
しかし、歓声は去勢された。多くの演劇やライブが、ミュージカルが規制される中、ケータリングの需要も減少していく。そんな中、ステイホームを余儀なくされているアーティストや俳優たちからリクエストが聞こえてくる。あのケーキをウチで食べたい。ワインを合わせて、ワンホール食べたいというソムリエさえいた。
かつて被災地のコンビニで、いちばん最初に売り切れたものはスイーツだったという。人は、心がブルーに染められた時、無性に甘いものが欲しくなるのかもしれない。スイーツは癒し、疲れ果てたハートの栄養剤だ。
コロナ禍の中、たくさんの声に応えるように、マリアさんはチーズケーキの宅配を開始した。それは多くの人への救済であると同時に、彼女自身への救済でもあった。食べ物で人を喜ばせることが天職である人たちにとって、コロナ禍はやり切れない季節でしかない。
しかし、僕らにとってはステイホームに贈られた掛け替えのないギフトであることは間違いない。自然派ワインでも、ハイボールでも、レモンサワーでもいい。好きな酒を用意して、ステイホームで黒いチーズケーキを待とう。
出会ったことがない異国のスイーツが、少しずつ疲れた心をほぐしてくれるはずだから…。